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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)3265号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一被告会社が石油製品の販売等を業とする有限会社であり、被告久野が被告会社の代表取締役であること、被告久野が本件1の土地を所有していること、被告久野が本件建物につき昭和五五年六月二五日に自己名義の所有権保存登記をなしたこと、原告が昭和五五年三月二八日に被告久野の銀行口座に合計金八三、四四八、四八五円を振込送金したこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件契約の成立の経過について判断する。

1 <証拠>によれば、次の各事実が認められる。

1 原告は、名古屋市およびその周辺地域において、指定都市高速道路の新設、改築、維持、修繕その他の管理を総合的かつ効率的に行うこと等を目的とする地方道路公社法に基づく特別法人であり、名古屋市道高速二号等の管理運営にあたつているが、右高速二号と一般国道二三号とが重複する名古屋市南区丹後通四丁目地先から同区天白町四、五丁目地先までの区間の沿道住宅地が受ける交通公害を緩和するため、昭和五一年一〇月三〇日右地区住民らと締結した協定書に基づき、高速二号の車道端より二〇メートル巾の用地を取得し、巾員六メートルの植樹帯、巾員五メートルの地先道路、巾員三・二五メートルの歩道を設け、右植樹帯には高さ三メートル(その後五メートルと改訂)の防音壁を設けることとし、その後右環境施設帯用地の取得に務めていた。

(二) 被告久野は、本件1の土地を所有していたが、同被告が経営する被告会社は、右土地を含む本件1ないし4の各土地上に本件建物を所有し、ガソリンスタンドの営業をなしていたところ、右敷地は、道路に接する九メートルの巾員において、原告の環境施設帯用地の計画に入ることとなつた。そのため原告は、被告らに対し、昭和五一年秋頃より右用地の買収ないし施設移転の交渉に入り、被告らと旧所有者間の権利関係の調整や、代替地幹旋などの努力を重ね、被告久野に対しては本件1の土地の売買を、被告会社に対しては本件建物等の営業施設の移転を、それぞれ求めてきた。

(三) 原告と被告らとの右交渉は、曲折を重ねたが、昭和五三年一一月末頃、買収にかかる土地の単価、補償総額、工事開始時期等につき、ほぼ了解に達した。しかし被告らは、原告との契約締結にふみきるまでに至らず、その後両者間の交渉は事実上中断するに至つていた。

2 <証拠>によれば、次の各事実が認められる。<証拠>中、右認定に反する部分は、たやすく信用できない。

(一) ところが被告らは、昭和五五年初めころ、石油類仲介業者である日新商事会社の勧めにより、西加茂郡三好町大字福谷字一丁目一二番一、二宅地二、四〇四平方メートル(以下、三好町の土地という。)を購入してガソリンスタンドを移転することを意図するようになり、昭和五五年三月一一日、被告久野と日新商事株式会社名古屋支店次長北村昌二郎が原告を訪れ、原告の五島用地課長、松永課員に面談し、被告らが三好町の土地に移転したいので、従前からの本件土地買収、移転補償の交渉を早急にまとめたい旨の申入れをなした。

(二) 被告らの右申入れは、被告らが右代替地を取得するためには月末まで代金を支払う必要があるので、原告からの本件土地買収、移転補償の代金をそれまでに入手したいというものであつた。原告においては、被告らとの間では一旦交渉が中断していたものの、なお環境施設帯整備事業を早急に完成させる必要があつたので、従前の交渉条件を維持すること、移転期限を同年六月三〇日までとすること、等の条件が満されるならば被告らの申出を受けて契約を締結したいとの意向を固め、被告らに対し、同月一四日に契約書調印を行う旨伝えた。

(三) その結果、被告らは、同月一四日訴外森孝夫を同道して、原告方を訪れ、原告が既に用意した、被告久野が原告に対し本件1の土地を代金一四、二二八、四八五円で売り渡す旨の契約書(甲第二号証)、被告会社が本件1ないし4の土地上にある本件建物および一切の工作物を昭和五五年六月三〇日までに移転して収去し、原告は被告会社に対し右移転補償費九八、八八七、〇〇〇円を支払う旨の契約書(甲第三号証)に、それぞれ調印した。原告は、被告らの同月一一日の申入れを受け、右各契約書を既に作成し、被告らにはその調印のみをなさしめたものであつたが、右各契約書の日付欄を空白とし、原告の内部決裁完了をまつて本件契約の成立日とする旨を被告らに伝えた。

(四) その際原告は、被告らに対し、支出伝票中の請求者欄、銀行振込依頼書にも捺印を求め、被告らは、右売買代金、移転補償代金の振込先をいずれも被告久野の東海銀行柴田支店普通預金口座に指定して、これに捺印した。原告は、これに基づき、同月一九日、内部決裁手続を完了し、本件各契約書(甲第二、三号証)の日付欄に同日の記入をなし、同月二五日に代金支払の手続をなし、同月二八日には、被告らに対する売買代金、移転補償代金のうち移転完了前に支払を先履行すべき合計金八三、四四八、四八五円を、被告らが指定した前示口座に振込み、支払をなした。

(五) 被告らは、原告から右送金があつた後、三好町の土地を取得できなくなつたことが判明し、原告に対し本件契約をなかつたことにしてもらいたい旨申入れをなしたが、原告の担当者松永用地課員はこれを拒絶し、同年四月に入つてからも、被告らは原告に対し代金を返還したい旨申入れたものの原告はこれを拒絶した。このため被告らは、同年五月二〇日、原告方を訪れ、とりあえず明渡期限の猶予をお願いしたい旨申入れ、その結果、同年六月二五日原告らは、本件建物等の移転期限を昭和五六年三月三一日まで延期してもらいたい旨の変更申入れをなし、原告もこれを承諾した。

(六) しかし被告らは、延期された右期限を徒過するも、なお本件建物等の移転をなさず、本件係争に至つた。

3 原告らは、抗弁1のとおり、本件契約の申込について、昭和五五年三月二五日にその撤回の意思表示をなした旨主張し、これに副う被告本人尋問の結果があるが、同証拠によるも、被告らは、代替地である三好町の土地の取得について、仲介の不動産業者阪野から購入意思の確定的回答を求められたものの、原告から本件土地買収についての確定的承諾がいまだなされていなかつたため、電話で原告の担当者松永にこれを撤回する旨通知したいというのである。しかしながら、前示認定事実のとおり、原告と被告らとの間の本件契約は、契約成立日については原告の内部決裁が終了したときになるとの点を除き、原告は被告らの申出のとおりこれを承諾する態度を表明して契約書の調印をすませているものであり、被告らが三好町の土地購入の意思決定を妨げる事情は既になく、またかかる重大な申入れを電話で担当者に伝えるのみで、面談ないし文書による申入れ等の措置をとらなかつたということも不自然であり、証人松永昇治のかかる申入れは受けていないとの証言にも照し、右被告本人尋問の結果はたやすく信用できるものではない。他にこれを認むべき証拠はない。

三右認定事実によれば、本件契約の成立は明らかである。すなわち、

1 原告は、被告らとの間で、昭和五五年三月一九日に本件契約を締結した旨主張するが、右日時は原告の本件契約締結についての内部決裁手続を終了した日にすぎないものであつて、右主張の事実を認めうるものではなく、他にこれを認むべき証拠はない。

2 しかしながら、請求原因4(一)のとおり、原告と被告らは、昭和五五年三月一四日、本件契約を、原告の内部決裁終了の時に成立させる旨の不確定期限付で合意をなし、同年同月一九日に原告の内部決裁手続を終了したことにより、同日付で本件契約の効力が発生したものと認めることができる。すなわち、前示認定事実によれば、原告は、同年三月一一日に被告らから本件契約の締結について申入れがあり、その場で担当者らで内部検討を加え、従来の交渉による条件が維持されること、移転期限を同年六月三〇日とすること等の合意ができるならば契約に応じてもよいとの意向を固め、その旨被告らにも告げ、同月一四日に契約書調印を行う旨伝え、同月一四日には、原告において既に契約書のみならず、支払伝票、振込依頼書等の会計書類を整え、被告らに調印を求めたものであつて、その際、契約成立の日を原告の内部決裁が終了した日になる旨伝えられたものの、決裁がなされたかどうかの通知等については何ら言及されず、一方、被告らの要望であつた同月末までの代金支払については確約されていたものであつて、原告におけるかねてからの環境施設帯整備事業遂行の必要性からも、原告の本件契約申込に対する承諾は確定的になされ、契約発効の日を決裁終了日とする不確定の期限が合意されたにすぎないことが認められるからである。このこととは、本件契約書が、成立年月日のみを空欄として調印がなされた前示経過にも符合するものである。

3 そうであれば、被告らの抗弁1の事実は、前示二3のとおり、これを認められないが、仮に被告らの本件契約申込の撤回があつたとしても、本件契約の成立には何ら影響を及ぼすものではない。

4 また被告らは、抗弁2のとおり、被告らが代替地の取得をすることを停止条件とすることを約して本件契約をなした旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

5 さらに被告らは、抗弁3のとおり、本件契約に際し、代替地の取得ができることを動機として表示したが、この点につき錯誤があり、右は本件契約の要素についての錯誤にあたる旨主張する。しかしながら、右事情が要素の錯誤として本件契約が無効となるためには、本件契約当時において、原告が被告らにおいて錯誤におちいつていることを知り、又は知り得べきときに限るものと解するものを相当とする(大阪高判昭和四九年一月二八日判例時報七四二号六三頁)ところ、右予見ないし予見可能性については、本件全証拠によるもこれを認めることができない。そうであれば、右主張も採用することはできない。

6 以上のとおりであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告と被告らとの間において、本件契約が有効に成立しているものであることは、明らかである。(大内捷司)

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